24歳で終活の準備を始めることにした


 

私は今、24歳ですが、終活の準備を始めることにしました。

 

フリーターなので終活よりも就活しろよって思われるかもしれませんが。

 

いつ頃から終活という言葉が知られるようになったかはわかりません。

 

終活とは、人生の終わりに向けて死ぬ前にやっておかなければいけない準備のことですね。

 

私が終活をしようと思ったきっかけの一つはここ最近、生きていることが辛いように感じる時が何度かあって生きる目的を見失いそうになったからです。

 

 

バイト先に損得勘定で物事を考える方がいるんですね。

 

その方と1年以上一緒に働いているので、その考え方に影響されてしまったのか、自分の行動を損得勘定で考えてしまうことが増えました。

 

ですが、私がとりたい行動は損得勘定の基準でいえば、思いっきり損する行動の方なんですよね。

 

損するとわかっていながら、得したいのに損する行動をとるのが矛盾しすぎて・・・ここ数か月間は行動と考えが相反してる状態です。

 

 

そして、今までの人生を振り返ってみると、見事に損だらけの行動をとってきたことに気づいて情けなくなりました。

 

 

損な行動をし続けて、このまま生き続ける意味があるのだろうか。

 

 

ちなみにこれも損な選択ですが、私はフリーターという長期雇用の保障もない不安定で収入も少なく、家族にも迷惑をかける身分を望んで選びましたが、今のところ正社員になりたいと微塵も思いません。

 

 

今時大卒はそこら中にいますが、大学まで出てフリーターでいるのは学費を払ってきた親や真面目に働いている社会人からすれば許しがたいことなんでしょうが・・・。

 

 

私が正社員になりたくない理由は一言では書けません。

 

自分自身にたくさん問題があるので、なりたくないというよりはなれないのです。

※私が正社員になろうと努めない理由は考えや感情が複雑に入り混じっているため、ここで書くことが難しいです。ちなみに、藁にもすがる気持ちで就活をしていた時期はありました。

 

 

 

私の性格上、自分が無理だと思うことは絶対に出来ません。

どんなに他人に支援されたとしても、絶対にやり遂げられません。

 

 

仮に自分を会社が必要としている人物像に寄せたとしても、会社の中では生きていけない人間でしょう。

 

 

なぜそこまで言い切れるかというと、保育園、小学校、中学校、高校、大学、大学院生活が全てそうだったから。

 

 

学校は言ってみれば、会社の前駆体のようなもの。

その中で上手くいかなかったのなら、会社という責任を負わされる組織の中でやっていくのは難しいだろうと感じました。

 

本当に学校生活は苦痛以外の何物でもなかったですね。

ちょっとしたパニック障害や強迫性障害を発症するきっかけになってしまいました。

 

 

それと、生まれた時から今まで私自身の考え方が大きく変わったことはありません。

経験上、24年間生きてきて、何度かその先の人生に関わる大きな出来事に直面しても、根本的な考えやましてや性格を変えることは不可能でした。

 

 

なので、

 

フリーターという身でこれからの人生をどう生き抜こうかと考えた時に、急にとてつもない不安に襲われたので、その不安から逃れるために人生の終わりを決めておきたいと考えるようになりました。

 

もし私が正社員になることが出来たら、この不安を少しは解消することが出来るのかもしれません。

ただ、正社員云々よりも、生きていけるだけのお金と保障があればいいだけですよね(それが今の日本では正社員以外で難しいのですがね)。

 

 

ここで私の終活について宣言しておきます。

 

私は常に死ぬタイミングを自分で決めたいと望んでいるので、死ぬまでにやりたいこと 2018年ver.を全て達成したら潔く死ぬことにします。

 

死ねないようにやりたいことリストをパンパンにしとかないと!!

 

それまでに死が訪れてしまう可能性もありますが、それに対しては病気であろうと自然災害であろうと不運な事故であろうと何としてでも阻止できるように抗うつもりです。

 

 

やりたいことリストがコンプリートできるように。

 

 

そして、今現在の私は生きるも、死ぬも選べるほど健康であることに感謝して・・・。

 

 

ではでは、ばいなら。


スポンサードリンク

コメントを残す